パチンコやパチスロの入場抽選、人気アイドルのイベント、限定商品の販売──。こうした「並び」や「抽選」が関わる場面で、いま“引き子”と呼ばれる存在が密かに暗躍している。
引き子とは、他人の代わりに抽選に参加したり、列に並んだりする代理人のこと。報酬を受け取って行動する場合が多く、単独で動くケースもあれば、数十人単位で組織的に動く「軍団」も存在する。
一方で、引き子を巡るトラブルや違法行為も後を絶たない。報酬未払い、抽選詐欺、イベント会場での混乱、不正転売による炎上──。店舗や主催者側との摩擦、法的リスクにまで発展するケースも見られるようになってきた。
本来は楽しみや応援のためにあるべき場所で、なぜこのような“裏のビジネス”が成立してしまうのか。そして、それがもたらす影響とは何か。
本記事では、引き子という存在の実態とその背景、そしてそこに潜む構造的な問題やトラブルの数々について、実際の事例とともに徹底的に掘り下げていく。
引き子とは何か?

「引き子(ひきこ)」とは、パチンコ店やイベント会場、限定商品の販売現場などで行われる入場抽選や整理券配布において、他人の代わりに並ぶ人物を指す俗称である。多くの場合、依頼主が望む当選確率を上げる目的で、複数人が動員され、当選した場合には報酬が支払われる。
もともとはパチンコ業界で使われていた言葉だが、近年ではアイドルファン界隈や、人気ブランドの限定スニーカー販売など、さまざまな領域で“引き子ビジネス”が広がっている。SNSや掲示板アプリ、特定のリクルート掲示板を通じて募集・応募が行われ、日当制や成果報酬制など、雇用形態も多様化している。
一見すると単なる代理行為にも見えるが、抽選への不正な多重参加や転売目的での購入代行など、店舗ルールを逸脱した行為が多く含まれる場合があり、トラブルの温床となっている。
さらに、雇い主と引き子の間で金銭的なトラブルが発生したり、本人確認の強化により入場を拒否されるといったケースも少なくない。また、パチンコ業界では「軍団」と呼ばれるグループが引き子を大量に雇用し、実質的に店舗の抽選システムを操作しているという指摘もある。
引き子は現在、単なる代行を超えて、「代理ビジネス」や「並び屋」として一部で組織化されつつある。一方で、法的グレーゾーンの中で展開される危うい実態が、ますます社会的な注目を集めているのも事実である。
引き子の主な活動領域

引き子の活動は、もはや一部のパチンコ店に限られるものではない。近年では、その手法や対象が多様化し、娯楽・推し活・商取引のあらゆる領域へと広がりつつある。ここでは、代表的な2つの活動領域を取り上げ、それぞれの特徴と問題点を整理していく。
パチンコ・パチスロ業界での引き子
パチンコ業界において引き子が活動する主な場面は、人気機種の導入時やイベント日などに行われる「入場抽選」である。人気台を狙う客が殺到するなか、抽選による入場順が勝敗を分けることもあり、その抽選を制するために複数人を動員する手段として引き子が雇われる。
多くのケースでは、引き子に当選券が渡された場合、その入場権を雇い主に譲り、その対価として日当や成果報酬を受け取る。相場は地域や店舗によって異なるが、1日あたり数千円〜1万円前後が一般的とされる。
さらに問題なのは、「軍団」と呼ばれる組織的グループの存在だ。軍団は数十人規模で引き子を動員し、抽選の当選枠を事実上“買い占める”形でコントロールすることもあり、一般の来店客からの反発や、店舗とのトラブルも頻発している。
近年では、入場時の本人確認を厳格化する店舗が増え、引き子排除の動きも強まっているが、偽名や複数の会員カードを使用するなどの“抜け道”も存在しており、イタチごっこの様相を呈している。
アイドルイベント・限定商品の抽選販売での引き子
引き子のもう一つの主要な活動領域が、アイドルのイベント、および人気商品の抽選販売である。特に“推し活”が社会的に定着する中で、イベント参加券やチェキ撮影券などの獲得競争が過熱し、引き子を利用するファンが増加している。
人気アイドルイベントでは、一人につき複数回の抽選参加や購入が制限されることがあり、引き子を複数名雇うことで当選確率を上げるという手法が広く使われている。当選したチケットはそのまま雇い主が使用し、イベントに参加するのが目的だ。
また、スニーカー、限定フィギュア、コラボグッズなどの数量限定商品の販売抽選においても、引き子の存在は顕著である。これらの商品の大半が転売市場で高値をつけることから、「転売屋」が引き子を使って購入権を獲得し、利益を得る構図が形成されている。
このような状況により、本来“抽選”が担うべき公平性が損なわれ、本当に欲しい人に商品やチケットが行き渡らないという事態が日常化している。
引き子は「個人の副業」や「軽いアルバイト」として見過ごされがちだが、その活動範囲と影響力は想像以上に広く、文化や商習慣の公正性を脅かす存在となっている。
引き子の報酬と雇用形態

引き子の存在は、一部では“簡単に稼げるアルバイト”として認識されている。だがその実態は、不安定な雇用関係や非公式な報酬体系、そして法的なグレーゾーンの中で成り立つ構造に支えられている。ここでは、引き子がどのように雇われ、どのように報酬を受け取っているのかを掘り下げていく。
報酬の相場と支払い形態
引き子の報酬は、活動内容や地域、対象イベントの規模によって大きく異なるが、一般的には以下のような形態が多い。
- 固定報酬(日当制)
並びに参加するだけで数千円〜1万円程度の報酬。特にパチンコの入場抽選やアイドルイベントでの並びに多い。 - 成果報酬制
抽選に当選した場合のみ報酬が支払われる方式。イベントチケットやレア商品の抽選販売などに見られる。 - 成功報酬+インセンティブ型
当選時に一定額+特典物の譲渡で追加報酬が支払われるケース。特にスニーカーやフィギュアの抽選販売で高額取引が発生しやすい。
支払いは、現金手渡し、電子マネー、フリマアプリ経由、暗号資産など多様化しており、取引の“匿名性”を高める傾向にある。
雇用形態の実態とリスク
多くの引き子は、雇用契約書のような正式な文書を交わさず、SNSや掲示板での“口約束”に基づいて雇用される。特にTwitter(現X)やLINEオープンチャット、掲示板アプリなどが引き子募集の温床となっている。
このような非公式な関係性は、以下のような問題を引き起こすリスクがある。
- 報酬未払い/ドタキャン
成果が出たにもかかわらず報酬を支払わない、または雇い主が連絡を絶つといった事例が報告されている。 - 責任の所在不明
引き子が問題行動(列の横入り、不正行為など)を起こした際、依頼主が責任を回避する構図が生まれやすい。 - 法的保護の欠如
労働契約とはみなされにくいため、労基法の適用外。トラブル時に行政が介入しづらい。
また、パチンコ業界では、“軍団のボス”が未成年を雇い、日銭を渡して朝から列に並ばせるような事例も報告されている。このようなケースでは、引き子自身が犯罪行為の一部に巻き込まれている可能性もある。
SNSで拡大する「引き子ビジネス」
引き子の雇用は、かつては口コミや仲間内のネットワークを通じて行われていたが、現在ではSNSや匿名掲示板を介した“半公開の求人”として広く展開されている。
例えば、
- 「○月○日、○○店抽選引き子5名募集/当選で1万円」
- 「新宿〇〇、推しイベの抽選並び代行希望/女性限定」
- 「○月○日、夕方新宿これる方いますか」
といった形で、短文・高回転の取引がリアルタイムで繰り返されている。特に“報酬前払い可”や“複数人で参加可能”といった文言は、初心者を惹きつけやすく、実際に学生や主婦、無職層などが副業感覚で参加する事例も多い。
引き子の報酬や雇用形態は一見すると手軽で実入りがよさそうに見えるが、法的保護がほぼ存在しない、極めて不安定な労働形態であるという現実を忘れてはならない。
引き子に関するトラブル事例

引き子の存在は、単なる“代行”や“副業”にとどまらず、さまざまな形でトラブルや社会的摩擦を引き起こしている。金銭のやり取り、ルール違反、不正行為、そして時には犯罪に発展することすらある。本章では、実際に報告されている代表的なトラブルとその背景を取り上げる。
報酬未払い・詐欺まがいのトラブル
引き子にまつわる最も多いトラブルが、報酬の未払いである。SNSや掲示板で雇用主とつながり、抽選に参加・当選したにもかかわらず、「やっぱりいらない」「条件が違った」などの理由で報酬が支払われないケースが後を絶たない。
また、当選券や整理券を渡した後に、雇い主が連絡を絶つといった詐欺的な手口も報告されており、法的措置を取ろうにも契約書が存在しないため泣き寝入りせざるを得ない状況も多い。
一方で、引き子側が「当選していない」と嘘をついて報酬だけを受け取ろうとするケースもあり、双方の信頼関係が成り立ちにくい不透明な取引であることがトラブルの温床になっている。
店舗や主催者との衝突・出禁処分
引き子の存在は、店舗やイベント主催者のルールを無視した行為と見なされることが多く、発覚した場合には即座に出禁処分となることも珍しくない。
パチンコホールでは、入場抽選時に本人確認を実施しており、不審な動きや複数端末での重複応募が発覚すると、名指しで出禁リストに掲載されることもある。さらに、雇い主側まで巻き込まれて出禁処分が下されるケースもあるため、リスクは高い。
アイドル界隈では、同一人物が複数名義でチケットを取得していたり、顔写真付き身分証と本人が明らかに違うといった事例が増加しており、イベント自体が混乱に陥る場面もある。
転売・違法行為への関与
引き子を活用して入手したチケットや商品を転売する行為は、場合によっては違法(チケット不正転売禁止法、景品表示法違反など)に該当する可能性がある。とくに音楽ライブや舞台イベントにおいては、「転売禁止」の規約が明記されているにもかかわらず、大量にチケットが転売サイトに出回る原因として引き子が利用されている実態がある。
また、人気スニーカーやフィギュアの「抽選販売」では、企業が“おひとり様1点”と制限しているにもかかわらず、複数アカウントを使って応募→引き子が受け取り→高額転売という流れが確立されている。こうした手口は一種の“業界内の不正”として問題視されており、メーカー側が抽選システムを厳格化するきっかけにもなっている。
犯罪や社会問題との結びつき
さらに深刻なのは、引き子という手法が未成年や経済的困窮者の“搾取”の道具として利用されている実態である。SNS上では、「楽に稼げる」「何も考えずに1時間並ぶだけ」といった甘い誘い文句で引き子募集が出回り、中高生が軽い気持ちで参加し、トラブルに巻き込まれるケースが報告されている。
また、引き子が他人の身分証を使って抽選に参加するなど、詐欺や身分詐称に発展するケースもあり、明確な犯罪行為となるリスクを孕んでいる。
引き子という行為は、ひとたび問題が起これば、「誰が責任を取るのか」が曖昧になりやすく、当事者全員が“損をする”構造を持っている。安易な小遣い稼ぎのつもりが、法的リスクや社会的信用の喪失に直結する可能性があることを、当事者は強く自覚すべきだ。
引き子の法的な位置づけと店舗・主催者の対応

引き子は表向きには“代理参加”という形で語られることが多いが、その実態は法的なグレーゾーンの中にある。明確な違法行為とまでは言えないケースが多い一方で、状況によっては詐欺や規約違反、転売禁止法の違反などに該当する可能性もある。ここでは、引き子に関する法的な論点と、それに対応する店舗・主催者側の実情を整理する。
引き子行為の法的なグレーゾーン
現行の日本の法律において、「他人が代わりに並ぶこと」や「抽選に参加すること」自体は、直ちに違法とはされていない。しかし、以下のような行為が含まれると、法的な問題が生じる。
- 他人名義での申込みや身分証の使い回し
→「詐欺罪」「私文書偽造罪」に該当する可能性あり。 - 当選券の売買やチケット転売
→「チケット不正転売禁止法違反」(2019年施行)に該当する可能性あり。 - 並び屋業務を反復・継続的に行い報酬を得る場合
→軽微ながらも、「労働法」や「契約法」の観点からの責任が問われる可能性あり。
また、未成年の引き子を雇用した場合、「児童福祉法違反」や「青少年保護条例違反」のリスクも孕んでおり、特に学校関係者や保護者の間で問題視されている。
店舗・主催者による対応と対策
こうしたグレーな状況を受けて、パチンコホールやアイドルイベントの主催者は、独自のルールや対策を講じるようになっている。主な取り組み例は以下の通り。
【パチンコ店】
- 顔写真付き身分証による本人確認の強化
- 抽選券に会員情報を紐づけ、第三者使用を防止
- 不正が発覚した際の即時出禁処分・晒し対応
中には、「引き子対策として朝の抽選廃止」や「完全予約制入場」を導入するホールも現れており、引き子排除のために営業スタイル自体を見直す店舗も出てきている。
【イベント・グッズ販売主催者】
- 本人確認の厳格化(顔認証導入・二段階認証など)
- チケットや購入権の譲渡・転売禁止の強化
- 同一人物による複数アカウントの検知システムの導入
また、大手アイドル運営会社やブランド企業では、「代理参加・代行の禁止」を利用規約に明記することで法的根拠を固め、トラブル発生時に毅然と対応できる体制を整えている。
業界全体で求められる対応と課題
引き子問題は、単なる個人の行動にとどまらず、業界構造そのものが抱える歪みの一端でもある。抽選や限定商法が過熱する背景には、商品や体験の“希少性”をあえて演出し、購買欲を刺激するマーケティング戦略がある。
結果として、公平性を損なう抜け道が生まれ、その隙を突く形で引き子の需要が拡大している。企業側は、不正排除のためのシステム構築と同時に、「誰が本当に必要としているのか」に向き合う販売手法の見直しも求められている。
引き子を完全に排除するのは容易ではない。だが、業界・運営側・消費者がそれぞれの立場で問題意識を持ち、健全な仕組みを模索し続けることが、最終的には引き子の存在意義を薄れさせることにつながる。
まとめ:暗躍する引き子問題の実態と今後の展望

引き子とは、本来「誰かの代わりに並ぶ」だけの存在に過ぎないはずだった。しかし、抽選制度の過熱、推し活や転売市場の拡大、SNSによる募集の容易さと匿名性など、複数の要素が重なった結果、“代理行為”はやがて“収益構造”へと進化し、今では明確な社会問題の一角を担うまでになっている。
パチンコ業界における軍団の抽選支配、アイドル界隈でのチケット多重取得、限定商品の大量転売。これらはいずれも、引き子という“裏の仕組み”によって引き起こされている現象だ。そしてその背後には、不透明な報酬体系や不安定な雇用関係、未成年の搾取、法的責任の所在不明といった危うい構造が横たわっている。
企業や店舗が本人確認の強化やルール整備を進めている一方で、引き子は手法を巧妙化しながら依然として存在感を保っている。つまり、技術的な対策だけでは抜本的な解決には至らないというのが現実だ。
この問題に対して本当に必要なのは、「消費者」「業界」「社会」の三者が共に当事者意識を持つことである。消費者は、目先のチャンスや報酬に惑わされず、その行為が誰にとって不利益となるのかを冷静に考える必要がある。業界は、販売手法やイベント設計において、本来届けるべき相手に公平に届く仕組みを再設計する努力が求められる。そして社会全体としては、引き子という現象の背後にある「格差」や「不公正」に目を向け、法整備・教育・啓発を含めた包括的な対応を模索するべきだ。
引き子は単なる「悪者」ではなく、構造的な歪みの“しるし”である。それに気づけるかどうかが、私たち自身のリテラシーと未来の公正性を左右する。